こんにちは、工房鈴蘭です。
秋が近づくと、耳にすることが多くなる
「お月見」「十五夜」「中秋の名月」という言葉。
今まで、どの言葉もなんとなく使っていましたが、
気になって調べてみたら、
少しずつ意味が異なることが分かりました。
工房鈴蘭には、
満月を思わせる丸い窓が特徴の「お月見シリーズ」があります。
今回は、お月見にまつわる言葉の意味を調べながら、
工房鈴蘭のお月見グラスが生まれたころのお話を書いてみたいと思います。
長く作り続ける中で、素地の廃盤により一度姿を消し、
数年後に、新しいデザインで復活するまでの歩みも、
振り返ってみます。
長くなりますが、お付き合いいただけたら幸いです。

「お月見」「十五夜」「中秋の名月」の違い
はじめに、それぞれの言葉の意味を調べてみました。

お月見とは
お月見は、月を眺めて楽しむ日本の風習だそうです。
秋の月を鑑賞する行事として知られていますが、
「お月見」という言葉そのものは、
月を眺めて楽しむことを広く表しているようです。
月の見える場所にすすきを飾り、
お団子や里芋などをお供えする風景を思い浮かべる方も
多いのではないでしょうか。
十五夜とは
十五夜は、本来、旧暦の毎月15日の夜を指す言葉のようです。
ですが、現在は、旧暦8月15日の夜を「十五夜」と
呼ぶことが多くなったようで、
この日に見える月が「中秋の名月」と言っているようです。
中秋の名月とは
旧暦では、7月・8月・9月が秋とされていました。
その真ん中にあたる8月を「仲秋」、
さらに秋のちょうど真ん中にあたる8月15日を「中秋」と呼ぶようです。
そこから、
旧暦8月15日の夜に見える月が「中秋の名月」と
呼ばれるようになったそうです。
つまり、
・お月見は、月を眺めて楽しむ風習
・十五夜は、旧暦の毎月15日の夜
(現在では、旧暦8月15日の夜を「十五夜」と呼ぶことが多い)
・中秋の名月は、旧暦8月15日の夜に見える月
という違いがあります。
中秋の名月と満月は、同じ日とは限りません
私は、
中秋の名月は必ず満月だと思っていました。

ところが、旧暦の日付の決め方と、
月が実際に満月になる時刻にはずれがあるため、
同じ日にならない年もあるようです。
2026年の中秋の名月(=旧暦8月15日)は、
9月25日です。
一方、
満月になるのは9月27日の午前1時49分で、
中秋の名月の2日後です。
このように、「中秋の名月」と満月は、
必ずしも同じ日になるわけではないそうです。
私は今回調べて、初めて知りました。
ところで、なぜ「名月」と呼ぶのでしょうか?
中秋のころは、大気の状態が比較的よく、
月の出の時間も遅すぎず、
月が見やすい高さにあるため、
お月見に適した条件がそろっているのだそうです。
暑すぎず、寒すぎない秋の夜。
澄んだ空に月が美しく見えることから、
中秋の月は、古くから「名月」として親しまれてきたそうです。
日本のお月見の始まり
月を眺める風習は、中国から日本へ伝わり、
平安時代に貴族の間で広まったといわれているそうです。
その後、日本では、
秋の収穫を感謝する行事とも結びついていったようです。
十五夜に里芋などをお供えする地域もあり、
中秋の名月は「芋名月」とも呼ばれているそうです。
お月見に供える丸い団子は、
満月に見立てたもの。
収穫への感謝や、翌年の豊作への願いが
込められているといわれているようです。
また、稲穂に似たすすきは、
稲穂の代わりとして供えられ、
魔除けの意味もあったそうです。
美しい月を楽しむだけではなく、
自然の恵みに感謝する日でもあったのだと思います。

お月見グラスが生まれるまで
ここからは、
工房鈴蘭のお月見グラスについてのお話です。
私は、
2008年3月に会津漆器技術後継者訓練校を卒業し、
その後、工房鈴蘭に入りました。
訓練校に在籍していた2年間は、
会津漆器の伝統的な技術の基礎を学び、
工房では問屋さんからいただいた仕事をしていました。
当時、工房鈴蘭では、
まだオリジナル商品を作っていませんでした。
卒業後は、問屋さんから委託された商品の下地仕事をしながら、
父と共に、今後につながる “新しい何か” を探し続けていました。
新しい商品が必要なことは、
漠然とではありましたが、分かっていました。
だけど何を作ればよいのか。
それが、頭で考えるだけでは、
分かりませんでした。
会津で、
父とこの仕事を続けていくためには、
どうすればよいのか。
低迷する漆器業界の状況に、強い危機感を感じながら、
毎日考え、行動し、反省し、修正して、また行動する。
その繰り返しでした。
“新しい何か” を探して、
鈴蘭の答えを出すことが、
当時の私の、一番の仕事でした。
父と
「まだ何が答えかは分からないけれど、
きっと何か答えがあるはず。
鈴蘭らしい答えを見つけよう。」
と、毎日、話していたことを覚えています。
飲みものが見えるグラスを
お月見グラスの始まりは、
私の記憶では、お客様からいただいた何気ない一言でした。
「うぅ~ん、全部塗ってあると、
中に入っている飲みものが見えないよね」
今まで、塗ると言ったら、うつわ全体を塗るのが当然と思っていた
私達にとっては、「たしかにそうですね」としか、その時は
言葉を返せませんでした。
当時、イベントや営業は私が一人で行っていたので、
工房に帰り、さっそくその話を父にしたことを覚えています。
「グラスに塗りを施しながら、
中の飲みものが見えるようにするには、
どうしたらよいだろう?」
新たな課題でした。
塗りの美しさと、中に入れた飲みもの。
その二つを一緒に楽しめる方法を、何度も何度も考え、
試作を繰り返した末に生まれたのが、
満月のような丸い窓を施したデザイン。
お月見グラスでした。
ただ、デザインを思いついたもことはいいものの、
丸い窓をきれいに、仕上げることがとても難しく、
安定してつくることが出来ませんでした。
なので、初めころのお月見グラスは、
まだ商品というよりも、試作やサンプルに近いものでした。
完成できる数も少なく、当時の主力商品ではありませんでした。
2009年、初めての工人まつりへ
2009年6月、工房鈴蘭という看板を初めて掲げ、
福島県三島町で開かれた「工人まつり」に出店しました。
イベントの主催者さんにつくっていただいた
「工房鈴蘭」
と書かれた看板を目にしたとき、
なんだか恥ずかしい気持ちと共に、
父と共に、とても感動したことを覚えています。
特に父は30年近く、漆器をつくり続けてきたものの
「工房鈴蘭」という自分達の名前で、
お客様を前にして、仕事をすることは
それまで一度もなかったからです。
「夢のようだ。
でも俺が、ずっとやりたかったことだ。
ついにこの日が来た。」
そう言ってたこと、今でもはっきり覚えています。
そして、
二人でその看板を持って、ブースの前で記念撮影をした
こと、懐かしい記憶です。
朝の会場設営では、まだ夜明けの薄暗い中、
ほぼ一番乗りで会場に到着し、
父と準備を始めたことも覚えています。
そのころは、
木製品で、今までにない商品を作ることに力を入れていたため、
会場へ持っていった商品の約7割が木製品、
グラスに塗りを施した商品は約3割でした。
グラスの商品も、
漆器らしい色合いや、和を感じるデザインのものが中心でした。
その中に、
外側を黒く塗り、グラスの内側から赤やブルー、グリーンなどの
濃い色が見える商品がありました。
当時の私たちにとっては、
これまでの固定観念から少し外れた色合いでした。
「こんな色合いで大丈夫かな?」
でも、そう思いながら並べた商品が、
会場では一番よく売れました。
父と二人で、
「あれ? そうなの?」
「これがいいの?」
「こういう色合いで、作っていいの?」
と、とても驚いたことを覚えています。
まだ試作に近かったお月見グラスにも、
「おもしろい!」
「ぜひ商品にしてほしい」
という声をたくさんいただきました。
工人まつりが終わったとき、
自分たちが探していた答えが、
少し見えたような気がしました。
「グラスでいこう!」
そこから、
グラスをベースにした商品づくりへ、
本格的に取り組むようになりました。
大きな転機でした。
私たちは、どうしたい?
工人まつりに参加する前から、
グラスに塗りを施した一部の商品は、
複数の問屋さんにも卸していました(取り扱っていただいていました。)
その流れで、
試作を繰り返し、商品化できるようになったお月見グラスも
何件かの問屋さんへ持っていきましたが、
なかなか取り扱いにはつながりませんでした。
一方、展示会やイベントでお客様に直接見ていただくと、
お月見グラスへの反応はとてもよく、
どのイベントでも、一番多く選んでいただける商品でした。
いろいろな反応を前に、
どの答えを選べばよいのか迷いました。
けれど、最後に考えたのは、
「私たちは、どうしたい?」
ということでした。
声をかけていただいた展示会やイベントには、
大小関係なく、できる限りすべて参加しました。
とにかく試したかった。
自分たちの答えを、見つけたかったのです。
「自分たちで売ろう。店をつくろう」
今、こうして振り返ると…
当時は、
毎日、夢中になって動いていたんだなぁと、
自分でも思いました。
イベントなどでお客様と直接お話しする中で、
私の中で少しずつ
「自分たちで作ったものを、
自分たちで、直接お客様に届けることが、
答えかもしれない」
と、ふとした瞬間に感じ、
それについて真剣に考えることが増えていきました。
それは、父も同じでした。
「自分たちで売ろう」
という思いが、少しずつ強くなっていきました。
そして、2009年の年末、
父と私の答えが一致しました。
「工房鈴蘭の店をつくるのが答えだ」
2010年5月、会津若松市七日町通りに、
工房鈴蘭の直営店をオープンしました。

写真:オープン当初の店内。商品は赤と黒が中心でした。
「鈴蘭といえば、お月見グラス」
商品として販売を始めたころのお月見グラスは、
・外側が赤、内側から見える色がピンク
・外側が黒、内側から見える色がクリーム
この2色から始まりました。

その後、お客様からいただくご希望に応えながら、
少しずつ色が増えていきました。
気がつくと、
グラスは2サイズ、
色は8~9種類にまで増えていました。

取材などで工房鈴蘭の商品を紹介していただくときも、
宣伝用の商品を選ぶときも、
いつも中心にあったのはお月見グラスでした。
いつの間にか、
「工房鈴蘭といえば、お月見グラス」
というイメージが定着していきました。
お月見グラスは、
私たちにとって、
長い間ともに歩んできた、大切な仲間のような存在でした。
そして、工房鈴蘭を代表する商品でもありました。
素地となるグラスの廃盤
ところが2017年ごろから、
お月見グラスの素地として使用していたグラスが、
メーカーさんで順に廃盤になっていきました。
長く工房を支えてくれた商品を、
これまでと同じようには作れなくなる。
「お月見グラスがなくなって、店を続けていけるだろうか」
不安でいっぱいでした。
それでも、立ち止まってはいられません。
「お月見グラスに代わる、商品を作らなくては」
「新しい気持ちで、商品を作ろう」
その一心で、試作を重ねました。
2017年12月ごろから新しいシリーズの試作を始め、
2018年1月に「サークルシリーズ」の第一弾を発売しました。
お客様の声から、配色やグラスのサイズなど変えて、
サークルシリーズが少しずつ、
工房鈴蘭の定番商品になっていってくれました。


並行して、様々なデザインの試作を続け、
「お月見グラスがなくても大丈夫かもしれない」
「他の商品たちもがんばってくれている」
工房のみんなが、自然にそう思えるようになっていきました。
そうして、
お月見グラスをまったく作らない時期が、
数年間続きました。
「お月見グラスは、もう作らないんですか?」
お月見グラスを全く作らなくなったあとも、
お客様から、
「あのお月見グラスはありませんか?」
「もう作らないんですか?」
と聞かれることが何度もありました。
中には、
「割れてしまったので、同じものが欲しいんです」
と訪ねてくださるお客様もいらっしゃいました。
以前とまったく同じ素地のグラスは、すでに廃盤になっています。
それでも、忘れずに探してくださる方がいる。
その声を受けて、
もう一度、新しい素地となるグラスを探し、
グラスの形に合わせて、作り方や配色を考え直し、
新たな気持ちで、試作を始めました。
そして2024年6月、新しいお月見グラスとして、
お月見シリーズが復活。

お月見グラスが教えてくれたこと
あらためて振り返ると、
お月見グラスは、
お客様からいただいた、何気ない一言から生まれました。
勇気を出して、商品をお客様に直接見ていただいたことで、
気づけたことがあり、
私たちが小さな一歩をふみだすことができました。
お月見グラスは、
私たちとともに歩んできた、大切な仲間のような存在です。
お月見グラスは、私たちに
ものづくりを自由に楽しむ面白さを
教えてくれたような気がします。
これから先も、
今までにない、新しい商品を作り続けていきたいです。
今年もきれいな満月、見れるといいなぁ。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
▶お月見シリーズはこちら
▶サークルシリーズはこちら
▶お月見シリーズ特集ページはこちら ※準備中です
参考資料
・国立天文台「中秋の名月(2026年9月)」
https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2026/09-topics03.html
・文化遺産オンライン「月に秋草図」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/484667
(2026年9月21日閲覧)



