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会津の郷土玩具・赤べこ

はじめに

会津で暮らす私たちにとって、赤べこはとても身近な存在です。

ゆらゆらと首を動かす姿や、愛らしい表情。
会津のお土産としてもよく知られています。

けれど、改めて考えてみると、

「赤べこは、なぜ赤いの?」
「黒い模様には、どんな意味があるの?」
「いつ頃から、会津で親しまれているの?」

知っているようで、きちんと説明できないことがたくさんありました。

そこで今回は、公的な資料を確認しながら、赤べこの由来や歴史、込められた意味について調べてみることにしました。

身近な赤べこの魅力を、私たちと一緒に再確認していただけたら嬉しいです。

 

① 赤べことは?

「赤べこ」は、福島県の会津地方に伝わる、赤い牛をかたどった郷土玩具です。

丸みのある体と、ゆらゆらと動く首。
どこか楽しそうにも見える、愛らしい表情が特徴です。

赤べこの揺れる首に指先で触れる子どものイラスト

昔ながらの赤べこは、紙とのりを使った「張り子」という技法で作られています。

顔や模様も職人の手によって描かれ、作り手によって表情や形にそれぞれ違いがあるそうです。

現在では、縁起物として、また会津を代表するお土産として、多くの方に親しまれています。

ところで、「赤べこ」の「べこ」とは、どんな意味なのでしょうか?

 

②「べこ」ってどういう意味?

「べこ」とは、福島で「牛」を表す言葉です。

つまり「赤べこ」は、その名前のとおり「赤い牛」という意味になります。

会津で暮らしていると、自然に耳にすることもある「べこ」という言葉。

改めて意味を確認してみると、とても親しみのある、分かりやすい名前なのですね。

では、この赤い牛は、どのようにして会津で親しまれるようになったのでしょうか。

次は、赤べこの由来を調べてみます。

 

③ 赤べこの由来

赤べこの由来を調べてみると、一つだけではなく、いくつかの伝承があることが分かりました。

同じ圓藏寺と赤い牛の物語でも、資料によって伝えられている時代が異なります。

 

約1,200年前、圓藏寺の建立を助けた赤い牛

柳津町には、約1,200年の歴史を持つ「福満虚空藏菩薩圓藏寺」があります。

観光庁の資料では、807年頃に圓藏寺を建てるため、牛たちが重い資材を運んでいたと紹介されています。

ある日、どこからともなく赤い牛が現れ、ほかの牛たちを引き連れながら、最後まで懸命に働いたそうです。

その赤い牛に感謝した人々が、境内に牛の像を建てたと伝えられています。

圓藏寺の建立に使う木材を運ぶ赤い牛と牛たちのイラスト

1611年、地震後の再建を助けた赤毛の牛

柳津町の公式ページには、もう一つの物語が紹介されています。

1611年、会津地方を大きな地震が襲い、圓藏寺の建物も大きな被害を受けました。

建物を再建することになりましたが、高い場所まで大きな木材を運ぶのは、とても大変な作業でした。

人々が困っていたところ、どこからともなく赤毛の牛の群れが現れ、木材を運ぶのを手伝ってくれたと伝えられています。

この赤毛の牛の物語から、柳津町は「赤べこ伝説発祥の地」として知られるようになりました。

地震後の圓藏寺再建を助けるために現れた赤毛の牛たちのイラスト

疫病を払った赤い牛

赤べこには、疫病にまつわる伝承もあります。

平安時代に疫病が広がったとき、赤い牛が疫病を払ったという物語が伝えられています。

また、天然痘が流行した時代には、赤べこを持っていた子どもは病気にかからなかった、あるいは症状が軽く済んだという言い伝えも残っています。

そのため赤べこは、子どもの身代わりとなり、病気や災いから守ってくれる縁起物として大切にされるようになったそうです。

赤べこの由来には、時代や内容の異なるいくつかの伝承があります。

けれど、どの物語にも、人を助け、守ってくれる赤い牛の姿がありました。

愛らしい赤べこには、赤い牛への感謝と、家族の健康を願う昔の人たちの思いが込められているのですね。

疫病を遠ざけ、赤べこを持つ子どもと家族を守る赤い牛のイラスト

 

④ 赤べこの歴史

③で確認した赤い牛の伝承には、約1,200年前から伝わるものがあります。

それでは、現在のような張り子の赤べこは、いつ頃から作られるようになったのでしょうか。

蒲生氏郷と赤べこ

赤べこの張り子玩具が作られるようになったのは、今から400年以上前と伝えられています。

1590年、蒲生氏郷が会津を治めるようになりました。

観光庁の資料によると、蒲生氏郷は、家臣たちの新しい仕事と収入を生み出す方法を考えていたそうです。

そこで職人を招き、圓藏寺に伝わる赤い牛の物語をもとに、小さな張り子の玩具を作らせたと紹介されています。

これが、会津で赤べこが作られるようになった始まりの一つとされています。

蒲生氏郷に完成した赤べこを見せる会津の職人たちのイラスト

子どもの玩具から、健康を願うお守りへ

赤べこが作られ始めた頃、日本では天然痘という病気が流行していました。

赤べこを持っている子どもは病気にかかりにくいと信じられ、子どもの健康を願う玩具やお守りとして、次第に親しまれるようになったそうです。

かつては、子どもが生まれたときに、健やかな成長を願って赤べこを贈ったとも伝えられています。

赤ちゃんの健やかな成長を願い、赤べこを飾る昔の会津の家族のイラスト

400年以上受け継がれてきた赤べこ

赤べこは、長い年月の中で、子どもの玩具から、無病息災や厄除けを願う縁起物へと受け継がれてきました。

現在も会津では赤べこが作られ、会津を代表する郷土玩具として、多くの方に親しまれています。

古くから伝わる赤い牛の物語と、会津の人々のものづくり。

その二つがつながり、今の赤べこになったのですね。

 

⑤ 赤べこは、なぜ赤いの?

赤べこといえば、目を引く鮮やかな赤色です。

けれど、なぜ赤く塗られているのでしょうか。

昔から日本では、赤い色には、病気や災いを遠ざける力があると考えられてきました。

福島県の公式ページでも、赤べこの赤い色は厄除けになるといわれ、赤べこを持つ子どもは災難から逃れられると伝えられていることが紹介されています。

天然痘などの病気が広がっていた時代、人々は赤い色に病気を遠ざける願いを込め、子どものそばに赤べこを置いたそうです。

赤べこの赤は、ただ目立つための色ではありませんでした。

大切な人を病気や災いから守ってほしい。

そのような昔の人たちの願いが込められた色だったのですね。

張り子の赤べこを筆で赤く塗る昔の会津の職人のイラスト

それでは、赤い体に描かれている黒い模様には、どのような意味があるのでしょうか。

 

⑥ 黒い模様には、どんな意味があるの?

赤べこの体には、白く縁取られた黒い斑点が描かれています。

この黒い斑点には、どのような意味があるのでしょうか。

調べてみると、黒い斑点は「痘(とう)」を表していると伝えられていることが分かりました。

「痘」とは、かつて多くの人を苦しめた天然痘という病気によって、体に現れる痕のことです。

特に子どもが病気にならないよう、赤べこが身代わりとなって病気を引き受けてくれるように願い、その痕を黒い斑点として描いたという説があります。

赤い色には、病気や災いを遠ざける願い。
黒い斑点には、赤べこが子どもの身代わりになってくれるようにという願い。

赤べこの色や模様には、大切な人の健康を願う昔の人たちの思いが込められていたのですね。

赤く塗られた赤べこを並べ、一体ずつ筆で黒い斑点を描く昔の会津の職人のイラスト

なお、赤べこには黒い斑点のほかにも、首まわりや背中などに白や黒の模様が描かれています。

作り手によって模様や描き方にも違いがありますが、それぞれの模様が持つ意味については、今回確認した資料だけでは分かりませんでした。

 

⑦ どうして首がゆらゆら動くの?

赤べこの大きな特徴といえば、ゆらゆらと動く首です。

指でそっと触れると、うなずくように頭を動かします。

この首は、どのような仕組みで動いているのでしょうか。

昔ながらの張り子の赤べこは、頭と胴体が別々に作られています。

首の部分は細長く、胴体に開いた穴へ差し込まれています。頭と首は、空洞になっている胴体の中で、ひもを使ってつり下げられているそうです。

そのため、頭に軽く触れたり、赤べこが少し揺れたりすると、首が上下左右にゆらゆらと動きます。

この独特な動きが、赤べこの愛らしさの一つになっています。

なお、なぜ首が動く形に作られたのか、その理由については、今回確認した公的な資料では分かりませんでした。

けれど、何度もうなずくように首を動かす姿を見ていると、つい、もう一度触れてみたくなりますね。

首をゆらゆらと動かす赤べこのイラスト

 

⑧ 昔ながらの赤べこは、何でできているの?

調べてみると、昔ながらの赤べこは、「張り子」という方法で作られているそうです。

張り子とは、紙を重ねて形を作る技法のこと。
赤べこには、和紙などの紙とのりが使われているそうです。

中が空洞になっているため軽く、首がゆらゆらと動くつくりになっています。

形ができたあとに赤く塗り、顔や模様を描いて仕上げるそうです。

材料や作り方には、工房や作り手によって違いがあるようです。

小さな工房で、職人が赤べこの胴体の木型に和紙を一枚ずつ貼っている様子

現在では、昔ながらの赤べこだけでなく、さまざまな素材や色の赤べこも作られています。

⑨ 今も広がる、赤べこのかたち

昔ながらの赤べこは、今も会津で作られています。

調べてみると、作り手によって、顔つきや形、描かれている模様にも少しずつ違いがあるようです。

ここ数年、赤べこを目にする機会が、以前よりも増えたように感じます。

昔ながらの赤べこをもとに、さまざまな色や新しいデザインのシリーズが作られたり、ほかの作品や地域の名物とのコラボレーション商品が誕生したりと、赤べこの表現は今も広がっているようです。

工房鈴蘭でも、お客様から「赤べこが描いてあるグラスはありませんか?」というご希望をいただくことが少しずつ増え、2023年頃から赤べこシリーズを作るようになりました。

赤べこを手描きした、さまざまな色や形のグラス、皿、小鉢を並べた工房鈴蘭の赤べこシリーズ

*これまでに制作した赤べこシリーズの一部

 

⑩ 工房鈴蘭の赤べこは、こうして生まれました

工房鈴蘭では以前から、「いつか、絵を取り入れた商品を作ってみたい」という思いがありました。

けれど、父も私も絵を描くことが苦手で、なかなか形にすることができませんでした。

そんなある日、夫が子どもと一緒にお絵描きをして遊んでいました。

その様子を見ていた父が、夫に声をかけました。

「絵、上手いな」
「ちょっと、このグラスに赤べこ描いてくれる?」

夫が描いたグラスを見た父の、「これ、いいな! 商品化しよう!」という一言から、工房鈴蘭の赤べこシリーズが始まりました。

子どもと過ごす何気ない時間が、新しいものづくりにつながった出来事でした。

夫が子どもとお絵描きをしていたことをきっかけに、父がグラスへの赤べこを依頼し、商品化が決まるまでを描いた4コマ漫画

▶ 子どものお絵描きから生まれた赤べこシリーズ

 

⑪ ガラスの器に描く、鈴蘭の赤べこ

工房鈴蘭の赤べこシリーズは、シンプルな赤べこをグラスに描くことから始まりました。

その後、お客様からいただいたご要望や、夫のアイデアを取り入れながら、描く赤べこの種類が少しずつ増えていきました。

親子で歩く赤べこや、音符の上を楽しそうに進む赤べこ。
帽子をかぶり、ほうきに乗って空を飛ぶ「魔法使いべこ」。

庭でほうきにまたがって遊ぶ子どもの姿を見た夫が、ほうきで空を飛ぶ魔法使いべこを思いつくまでを描いた4コマ漫画
さまざまな色を重ねて描いた「カラーべこ」。

最初は一つの赤べこから始まったシリーズでしたが、鈴蘭の赤べこも、少しずつ進化しています。

赤べこの絵は、夫が一つひとつ筆で描いています。

同じ赤べこを描いても、顔の向きや目の形、体の色や模様には、少しずつ違いが生まれます。

一つひとつの表情の違いも、手描きならではのおもしろさとして、楽しんでいただけたら嬉しいです。

「▶ 子どもの遊びから生まれた『魔法使い赤べこ』」

黒やピンク、ネイビーのグラスに、帽子をかぶってほうきで空を飛ぶ魔法使いべこを手描きした商品  ピンク、グリーン、グレー、ベージュのグラスに、色とりどりのカラーべこを手描きした商品を並べた様子

左:魔法使いべこ / 右:カラーべこ

⑫ 工房鈴蘭の赤べこシリーズ

工房鈴蘭では、日本酒のぐいのみや小鉢としても使いやすいミニグラス、さまざまな飲みものを楽しめるフリーグラス、温かい飲みものにも使える耐熱グラスなどに、赤べこを描いています。

シンプルな赤べこをはじめ、親子でお散歩する赤べこ、カラーべこ、魔法使いべこ、音符の上を楽しそうに進む赤べこなど、さまざまなデザインを作っています。

お好きな器や赤べこを、見つけていただけたら嬉しいです。

▶ 工房鈴蘭の赤べこシリーズを見る

 

参考にしたページ