こんにちは、工房鈴蘭です。
9月に入り、会津若松市内でも、ぐっと気温が下がり、少し肌寒く感じる日があります。
数日前、連日の大雨で工房が心配になり、夕方、父と二人で久しぶりに工房へ行きました。
そのとき、ふと思い出したことがありました。
今回は、私が小学生だったころの、工房での思い出を書こうと思います。
私が小学校中学年のころだったと思います。
父は41歳で独立しました。
会津漆器の問屋さんから仕事を請け負い、お椀などに指定された色の漆を塗り、
納期までに納めていました。
このころは、まだ、今のようなオリジナルのグラスは作っていませんでした。
漆の乾き具合は、天気や外気温などの影響も受けます。
そのため、工房の温度や湿度に常に気を配ることが、とても重要です。
そのころの父は、立ち上げたばかりの工房の温度や湿度の状態を把握するため、
天気や仕事の状況によっては、夜も工房に泊まり込み、漆の乾き具合を確かめていました。
泊まらないときも、急に大雨が降ってきたときなどは、夜中でも工房へ行き、
湿度などを調整していたことを覚えています。

父がすることは何でもやってみたい性分だった私は、学校が休みの日に、
父と一緒に工房へ泊まったことがあります。
たしか夏が終わるころだったと思います。
山の中にある工房は、夜になると少し肌寒かった。
夕食は、卓上コンロに小さな片手鍋をのせてつくった、インスタントラーメン。
食べたのは、チャルメラのしょうゆ味でした。
ラーメンどんぶりが一つしかなかったので、私はどんぶり。
父は、小さな片手鍋からそのまま食べました。
薬味はなかったけれど、まるでキャンプをしているような気分で、
インスタントラーメンのチャルメラが最高においしく感じました。

工房の周りには外灯がなく、夜になると辺りは真っ暗でした。
森の中を風が通り抜ける音と、スズムシやコオロギの鳴き声が聞こえていたように思います。
真っ暗すぎて、何か出てきたらどうしようと、怖かった記憶もあります。
けれど、空には満天の星が広がっていました。
その星空が本当にきれいで、びっくりしたこと。
今でも、覚えています。

今回は、まだ外が明るいうちに帰宅したため、星空を見ることはありませんでした。
けれど、久しぶりに父と二人で工房へ行ったことで、あの夜のことを思い出しました。
私「そういえば、独立したばっかりのころは、よく工房に泊まっていたよね」
父「そうだな。そんなときもあったな。あの頃は、必死だったからなぁ」
私「私も一緒に泊まって、ラーメンを食べたの、覚えているよ」
父「覚えていることが、ラーメンかよ(笑)」
私「うん、チャルメラだったよ! しょうゆ味ね(笑)」

父「問屋仕事があって、漆塗りの仕事があったときは、夜中でも、明け方でも行ってたなぁ」
私「そうだね」
父「酒を飲んじゃったときは、おまえに運転してもらっても行ったなぁ」
(これは、私が社会人になり、ほかの会社で働いていたころの話です。)
私「そうだね」
父「それだけ、本当に必死だったんだ」
私が鈴蘭で仕事をするようになってからは、急に雨が降ったり、夜になって気温がぐっと下がったりすると、
父と私は、ほぼ同じタイミングで電話をかけていました。
毎回、
「今、電話しようと思っていたよ。少し迷ったけれど、念のために行ったほうがいいね」
となり、二人で工房へ。

工房へ行っても、結局、何の問題もないことが何度かありました。
「何もしなかったけれど、これで安心して眠れるね」
「そうだな。これが大事なんだ」
今は漆塗りの仕事をしていないため、漆の乾き具合を心配して、天気が変わるたびに工房へ行くことは、
ほとんどなくなりました。
また、今は子どもたちと一緒にいることが多いため、父と二人だけで仕事をすることも、
車で移動することも、ほとんどありません。
そのため、今回、父と二人で工房へ行ったのは、とても久しぶりのことで、
懐かしく感じました。
鈴蘭の時間の流れを、あらためて感じた日でした。
工房鈴蘭の記録
ものづくりの裏側や、
工房で過ごす何気ない日々を、
少しずつ記録しています。




